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Tokyo Stillness
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History, Culture & Artisans 2026.09.11

その本は、まだ旅の途中。 本の街・神保町「北澤書店」で洋古書と出会う

執筆、写真:小林雄大

ヒルトン東京お台場から電車に乗り、本の街・神保町へ。書店や古書店の看板が並ぶ通りには、新刊だけでなく、何十年、何百年もの時間を経た本が息づいています。

この街に店を構えるのが、1902年創業の「北澤書店」です。棚に並ぶのは、英文学や思想、歴史、芸術、日本文化などの洋古書。海外から日本へ渡ってきた本だけでなく、日本の文化を海外へ伝えるため、この国で英語によって刊行された本もあります。誰かに読まれ、受け継がれ、ときには再び海を越えて次の読者のもとへ。持ち主と場所を変えながら、一冊の旅は続いていきます。

本を探す時間が、街に流れている

神保町はどんな街ですか、と尋ねると「本を探すことが日常として存在している街だと思います」と、北澤さんは話します。目的の一冊を探して歩く人もいれば、何も決めずに何軒もの店を巡る人もいる。専門の異なる書店や古書店が集まり、一軒だけでは完結しないところに、この街ならではの面白さがあります。

効率だけを考えれば、インターネットで検索し、在庫のある店へ向かうこともできます。しかし神保町では、通りを歩き、棚の背表紙を追ううちに、探していた本の隣にある一冊や、思いがけない装丁に足が止まります。店ごとに異なる選び方や並べ方に触れながら、予定していなかった本との出会いを受け入れる。その余白が、街のなかに今も残されているのです。

2025年、神保町はTime Out誌の「世界で最もクールな街」ランキングで1位に選ばれました。古書店巡りを楽しみに神保町を訪れる人のほか、Instagramや知人の紹介をきっかけに、北澤書店を目指して訪れる海外の方もいます。観光地を巡るだけではなく、「日本で本を探す時間」そのものを楽しむ。歩き、立ち止まり、一冊を手に取ってページを開く。その時間まで含めて、神保町を訪れることは、東京の文化に触れる小さな旅になります。

読むための本であり、時代を伝えるもの

北澤書店では、英文学を中心に、思想、宗教、歴史、日本文化、芸術など、幅広い分野の洋古書を扱っています。仕入れで見るのは著者や内容だけではありません。装丁、活字、紙、挿絵、版の違いなど、本そのものが持つ佇まいも大切にしています。

一方で、見た目が美しいという理由だけで選ぶわけでもありません。その時代の社会や思想を知る資料として意味があるか、今読み返すことで新しい視点を与えてくれるか。内容と物質の両方に魅力を感じられる本が、棚に並びます。

英文学や思想の棚では、著名な作品の近くに、作家を理解するための評論や書簡が置かれることもあります。一冊の本文だけでなく、その本が生まれた背景や、周囲にあった言葉まで感じられる並びです。偏った思想を持たず、異なる立場を知ったうえで、自分で考えられる棚づくりも心掛けています。世の中を知りたいと思った人が、立場や知識にかかわらず本へ近づけることも大切にしています。

読むための本であると同時に、ある時代の文化や美意識を伝えるものとして紹介する。それが北澤書店らしさの一つです。貴重な本だけでなく、初めて訪れた人が購入しやすい価格の本も揃えています。研究者やコレクターだけの場所にせず、装丁に惹かれた人や、洋古書を初めて手にする人にも入口を広く開いているのです。

知識より先に、自分が惹かれた場所を見る

洋古書を前にして、最初から価値や内容をすべて理解する必要はありません。「まずは、その本を見たときに、自分がどこに惹かれたのかを大切にしてほしいです」と北澤さん。表紙の色や背表紙の文字、紙の手触り、活字、挿絵。本を開いたときの匂いや、ページをめくる感覚も、一冊を選ぶ立派な入口です。

同じ作品でも、刊行された国や年代、出版社、版によって、装丁や紙、挿絵は大きく異なります。本文だけでなく、当時どのような姿で読者へ届けられたのかを見ると、その時代の出版文化や美意識が浮かび上がります。タイポグラフィや紙質から、どの国の、どの年代の本なのかを想像するのも洋古書を手に取る面白さです。

古い本には、石版画や銅版画で刷られた挿絵、手で色を加えたページが残されていることもあります。一冊の本を仕上げるまでに、多くの技術と時間がかけられていた時代のものです。100年、200年、時にはそれ以上の年月を経た本を、博物館のガラス越しではなく、実際に手に取れることも古書ならではの魅力でしょう。

署名や書き込み、蔵書票、蔵書印があれば、以前の持ち主の存在も感じられます。本の状態を判断する要素のひとつではありますが、それらもまた、本が重ねてきた時間の痕跡です。知識を先に揃えるよりも、「何となく気になる」という感覚から、まず一冊を開いてみてください。

日本で時間を過ごし、再び海を越える

『The Nightless City; or, The “History” of the Yoshiwara Yukwaku』J. E. de Becker著、1899年刊・初版

海外から訪れる人のなかには、特定の作家や作品を決めて探す人もいれば、店内をゆっくり見ながら、偶然目に留まった一冊を選ぶ人もいます。英文学のほか、日本で刊行された英語の本や、日本文化を海外へ紹介した古い本、浮世絵などの挿絵が入った本も関心を集めています。日本で見つけた背景まで含めて、旅の記憶に結びつきやすいのでしょう。高価さや希少性ではなく、表紙の色や挿絵、タイポグラフィが自分の感覚に合うことも、選ぶ理由になります。

同じ英語の本でも、日本に残ってきた一冊には、どのような経路で海を越え、誰に読まれてきたのかという背景があります。日本人の旧蔵者の名前や蔵書印、書き込みから、西洋で生まれた本が日本でどう受け入れられたかを感じることもできます。自国の書店とは異なる文脈で作品を見ることが、日本の洋古書店を訪れる面白さです。

かつて北澤書店で販売した本が、店のシールを残したまま、再び買い取りで戻ってくることもあります。十分に読んだので、次の人へ渡したい。本を所有するというより、長い時間の途中で一度預かる。そんな思いとともに受け継がれた本が、今度は海外から訪れた方の手に渡ることもあります。海外から来た本が日本で時間を過ごし、再び海を越える。本は国境と持ち主を変えながら、旅を続けていくのです。

本を真ん中に、言葉と時間を越えて

海外から訪れ、北澤書店で本を購入した方が、帰国後、自宅の本棚に並べた写真を送ってくれることもあるそうです。一度の来店だけで終わらず、再び日本を訪れた際に店へ戻ってきたり、知人に紹介したりする人もいるのだとか。店にあった一冊が遠い土地で大切にされ、本をきっかけに関係が続いていくことは、書店を営む大きな喜びです。

「言葉が十分に通じなくても、一冊の本を一緒に見ながら話していると、なぜその本に惹かれているのかが伝わってくることがあります」。表紙を見て、ページを開き、挿絵を指す。本が間にあることで、言葉の違いを越えて人が近づく瞬間があります。

北澤さんは、読書の魅力を「自分とは異なる時間や人生を、一時的に生きることができること」だと話します。読んだときには分からなかった一文が、何年か後に意味を持つこともある。読書は一人で行うものですが、完全に孤独な行為ではありません。書いた人、過去に読んだ人、受け継いだ人の長い時間に、自分も少しだけ加わるからです。

神保町で選んだ一冊を手に、ヒルトン東京お台場へ戻る。街を歩いたあとの静かな客室でページを開けば、本のなかに流れる遠い時間と、東京で過ごした一日が重なっていきます。旅のあと、いつかその本を再び開いたとき、神保町の通りや店内の空気まで思い出すかもしれません。一冊を持ち帰ることは、東京での滞在の続きを、自分の暮らしへ連れて帰ることでもあるのです。

北澤書店

〒101-0051 東京都千代田区神田神保町2-5 北沢ビル2F
営業時間:月曜日〜土曜日 12:00〜17:00
定休日:日曜日・祝日


 
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